青森地方裁判所弘前支部 昭和35年(ヨ)38号 判決 1960年5月27日
申請人 小野慶三 外一名
被申請人 弘南バス株式会社
主文
被申請人が、申請人らに対し、昭和三十五年四月十五日付でした懲戒解雇の意思表示は、本案判決の確定に至るまでいずれも、その効力を停止する。
申請費用は、被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
第一、当事者の求める裁判
申請人らは、主文第一項同旨の裁判を求め、被申請人は「申請人らの本件申請は、いずれも却下する。申請費用は、申請人らの負担とする。」との裁判を求めた。
第二、申請人らの主張の要旨
一、被申請人(会社という。)は、一般乗合旅客自動車運送事業を営むことを目的とする株式会社であり、申請人小野慶三(小野という。)は、昭和三十年三月会社に雇用され車掌として弘前営業所に勤務し、同会社従業員及び関係労働者をもつて組織される日本私鉄労働組合総連合会弘南バス労働組合(組合という)の組合員であり、昭和三十四年七月以降同組合車掌支部の支部長の職にあるもの、申請人阿保勉(阿保という。)は、昭和三十年九月会社に雇用され、同じく車掌として同営業所に勤務し、前記組合の組合員であり、昭和三十四年六月以降同組合車掌支部の副支部長の職にあるものである。
二、しかるところ、会社は、昭和三十五年四月十五日付で申請人らに対し、申請人らには後記(一)の(1)乃至(3)及び(二)の所為があり、右所為は会社就業規則第二百八条第十三号、第十九号及び第二十号に該当するとして、同規則第百九十五条第二項により懲戒解雇の意思表示をした。
(一) すなわち、申請人らは共同の上
(1) 会社の許可を得ず、同会社の再三の説諭警告を無視して、昭和三十五年三月十五日頃より弘前営業所車掌控室内に、組合の文書、旗等を掲示し、ことに同月三十一日より同年四月二日までの三日間、午後七時頃から同室において組合集会を開いた際、同所車掌係窓口三カ所のうち受付窓口一カ所を残したのみでその他の窓口を赤旗等でふさぐなど、著しく職場の秩序を乱す行為にでた。
(2) 同年三月二十二日から同年四月二日までの間、五回に亘りいずれも午後七時頃から約一時間乃至一時間三十分の間、組合員多数を煽動し、会社の許可を得ず、かつ、数回に及ぶ制止をも無視して、勤務者の現在する車掌控室に毎回組合員を四十名乃至七十名動員して組合集会を強行し、同控室を不当に占拠する行為にでた。
(3) 同年三月二十五日以降同月三十一日までの間、会社の再三の制止にもかかわらず、勤務者の現在する車掌控室において、毎日一回乃至二回、一回につき二、三十分間に亘り労働歌の合唱を煽動実行し、職場を甚だ喧噪ならしめ、他の就業を著しく困難ならしめる行為にでた。
(二) 申請人らは、昭和三十五年三月二十一日以降、現在に至るまで、ストライキ又は出勤停止中であるにもかかわらず連日職場に立ち入り、営業所内を徘徊して勤務中の者に対し終日組合宣伝をし、上司、守衛等よりの再三に亘る退去警告をも無視して応ぜず、かえつてこれらに対し軽視反抗する態度にでるなどの行為があつた。
第三、しかしながら、右解雇は、次の諸理由によつて無効である。
一、本件解雇は、協約条項違反により無効である。
(一) すなわち、会社と組合との間で昭和三十三年三月十八日締結した労働協約第二十八条は「会社は組合員の人事異動については事前に組合に内示し組合の意見を尊重して行う。」と定め第二十九条は「会社は組合員の昇格賞罰に関しては組合と協議の上決める。但し懲戒解雇の決定について協議が整わない場合は労働委員会の斡旋、若しくは調停に附することができる。」と規定し、同協約第三十三条によれば、「会社は左に該当する組合員は解雇する。第一号・・・懲戒解雇と決定した者」、(第二号以下省略)となつている。
(二) しかして会社就業規則第百九十五条第二項は「賞罰に該当する事項が余りにも明白であり、且緊急を要する場合は前条の賞罰委員会の答申を経ないで実施する事がある。」と規定しその前条たる第百九十四条は「会社は賞罰執行の諮問機関として賞罰委員会を設け、その答申に基きこれを行う。」(第二項は省略する。)と定めているが、右規則は例外規則であり、かつ、同一対象事項につき異なる規整をした前記協約条項に優先されるべきものである。
もつとも、組合は、従来通例として右賞罰委員会において当該従業員(組合員)の賞罰に関し、全員一致の答申があり、かつ懲戒解雇以外の事由の場合については、右答申を前提とする会社の協議申し入れに対して、同委員会の意見を尊重して書面で、これに同意する旨の回答をしてきたが、右協議申し入れに対し組合が反対の意見を示す場合には、団体交渉を開いて協議を重ねるのが現在までの通例でありまさに「労使間の慣行」であつた。この協議不調の場合は協約第二十九条但書により、当然に労働委員会の斡旋、調停に付され、会社は一方的に解散を決定しえないものである。
(三) しかるに、会社は、協約条項によらず、就業規則第百九十五条第二項のみによつて申請人らを協約第三十三条第一号に定める「懲戒解雇と決定した者」と認定し、かつ、これについて組合に対し協議の申し入れをしていないものであるから、本件解雇は協約第二十八条第二十九条に違反した無効のものである。
二、本件懲戒解雇は解雇理由を欠き無効である。
(1) 前記二、(一)(1)について
車掌控室にビラ等を貼つたというが、このようなことは、数年前からされていることであり、組合集会の際部屋の壁に組合関係の文書等を掲示することをもつて解雇の理由とするのは理解に苦しむところである。また、その際受付窓口一カ所を残してその余をふさいだというが、同室には受付担当者のいる窓口が一カ所しかないのである。
(2) 同右二、(一)(2)及び(3)について
車掌支部に所属する組合員が、業務に支障のない午後七時過ぎを選んで、通常休養等に使用する控室において、団結強化などをはかるため職場集会を開くことは組合の当然の権利である。また、この参加者は殆どは勤務を終えたものばかりで、参加したため勤務に支障をきたしたことはない。更にかような集会は数年前から開いてきているのである。
(3) 同右二、(二)について
ストライキ中のもの、あるいは出勤停止処分を受けているものが、会社内に入り、通常勤務する職場にとどまることは違法ではない。
以上のとおり、本件懲戒解雇は懲戒の根拠を欠くから無効である。
三、本件解雇は、次の理由により不当労働行為であるから、無効である。
会社は、申請人らが組合の幹部であり、正当な組合活動をしていることを嫌悪して、従来の前記慣行を無視し、敢えて本件時点においてことさら問題化し、懲戒解雇することによつて同人らを経営外に排除しようとする不当労働行為の意図によるものであるから無効である。
第四、保全の必要性
申請人らは、いずれも、被申請会社から支払われる賃銀によつてのみ生活しているもので、他からの収入は勿論預金等の資産もなく本件解雇によつて、忽ち生活は不可能となること明らかであり、従業員たる地位確認等の本訴を提起しようと準備中であるが、本案の勝訴をまてない緊急の事情のもとにある。
第五、被申請会社の主張
一、申請人ら主張の事実のうち、第二は認める。
二、解雇手続について
(一) 会社における従業員の賞罰については、諮問機関たる賞罰委員会の答申に基いて実施するのが原則であるが、組合が争議に突入して以来、職場秩序を紊乱する不当違法な組合員の所為が続発する事実に鑑み、会社はこれに対する指導の迅速化竝びに他への悪影響を防止するため、就業規則第百九十五条第二項を活用して、昭和三十五年三月十七日以降、賞罰委員会の答申を省略し、申請人らに対する本件解雇についても同規則上の手続を履践することを省略した。
(二) ところで協約上、組合員に対する懲戒解雇については、協約第二十九条により、組合との協議を経た上でなければ決定しえないので、会社は昭和三十五年四月七日組合に対し申請人らを同月十三日付で懲戒解雇したいから、同月十一日までに組合の意見をだすよう書面で申し入れた。
この点について会社と組合との間の慣行としては、協約第二十九条と就業規則第百九十五条第二項との関係については、なんら矛盾抵触するものではなく、まず同規則の手続を経たのちに協約上の手続を経ることとされており、本件についても、その慣行に従つて組合への協議申し入れをしたのである。
すなわち、規則第百九十五条第二項により賞罰委員会に諮問せずに会社が懲戒解雇を決定し、この旨を組合に通知して協議の申し入れをするとともに、申請人らにも通知したが、同人らは就業規則第百九十六条の異議申立をしなかつた。この決定通知は、組合に協議申し入れをするとともに、本人に対しては右異議申立をする機会を与えるためになされるもので、組合に協議申し入れをする前の段階においてなされる通知であるから、もとより確定したものではなく、確定的最終的な解雇の通告は、会社と組合とが協議した上、別に本人に対して辞令を交付すべく申請人らの場合も別に辞令を交付して最終的に決定した解雇の通告をしている。
(三) もつとも、本件については、組合は会社の協議申し入れに対しては真向から協議を拒否する態度にでてきたがこれは協約第二十九条と規則第百九十五条第二項を段階的に併存させつつ運用するという慣行についての無理解を示すとともに、従来からの慣行を無視したものである。これに対し、会社は、二回に亘り書面で協議の申し入れをしたが、結局会社が自らその処分を撤回する方法以外にはとりあわぬ態度にでてきたことは、争議中という異常な事態の中にあるとはいいながら全く信義則に反したもので協議をし、又は協議が整う見込は全くなかつたものである。
(四) 次に協約第二十九条但書の趣旨は、協議不調の際には、いずれかの当事者がその必要性を認める限り、その権利として労働委員会の斡旋調停に付することができるということを定めたものにすぎない。
(五) 協約第二十九条による書面協議について、協議が不調の場合には、団体交渉によつて協議するのが慣行であつたとの主張は否認する。
三、解雇理由については申請人ら主張の第二の二記載のとおりであるが、これを次のとおり補足する。
(一) 申請人らは、車掌支部の正副支部長として、職場である弘前営業所車掌控室において、申請人ら自身が違法な組合活動をする場合は勿論、組合員らの違法な組合活動を企画し、かつ、その首謀となつて所属組合員を煽動したことについては当然会社に対し責任を負うべき立場にあつたところ、
(1) 組合の掲示は、協約第十六条により会社と協定した場所以外には掲示してはならないのに、同会社の説諭警告を無視してところかまわず檄文、赤旗等を掲示し、更に三日間に亘り組合集会中事務室から車掌控室を全く見えないように遮断した。
(2) 組合が組合活動のために会社の施設を利用しようとする場合には協約第十五条により、同会社の許可をえなければならないところ、会社が業務上の都合により許可を与えていないのに、制止にも応じないで組合集会を強行して同所を不法に占拠し、また職場を喧噪ならしめて職場の秩序を乱すとともに会社の業務の遂行を著しく阻害した。
(3) 会社は、組合集会のための施設として、弘前営業所のすぐそばに弘南バス労働会館を提供しているのに、車掌支部はこれを全く使用しようとせず、敢えて勤務時間中に職場内で不法な組合集会を強行したものである。
よつて会社は、申請人らの右各所為は同会社就業規則第二百八条第十三号、第十九号及び第二十号に該当するものとして同規則第二百九条第二号により懲戒解雇したのであるから、本件解雇理由は全く正当であるというべきである。
第六、証拠関係<省略>
理由
(当事者間に争のない事実)
被申請会社は一般乗合旅客自動車運送事業を営むことを目的とする株式会社であること、申請人小野は昭和三十年三月被申請会社に雇われ、車掌として弘前営業所に勤務し、前記組合の組合員であり、昭和三十四年七月以降同組合車掌支部の支部長の職にあつたこと、申請人阿保は、昭和三十年九月会社に雇われ、同じく車掌として同営業所に勤務し、右組合の組合員であり、昭和三十四年六月以降同車掌支部の副支部長の職にあつたこと、会社が昭和三十五年四月十五日、その従業員であり、かつ、組合員である申請人らに対し、同人らが就業規則に違背したことを理由に懲戒解雇の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。
(解雇手続履践の有無について)
よつて先ず本件解雇手続が適法に履践されたかどうかについて按ずるに、成立に争いのない疎乙第五号証の二乃至五、証人佐藤春雄の証言を綜合すれば、就業規則は現行労働協約の締結前に制定施行されたものであること、従来、従業員たる組合員の賞罰に関する協約第二十九条の運用については、会社は書面によつて組合の意見を徴し組合も同様書面によつて意見を提出するという、いわゆる書面協議の方法をもつて、同条所定の協議としていたこと、会社は本件について昭和三十五年四月七日組合に対し、協議の申入として書面をもつて申請人らについての懲戒解雇処分につき意見を求めたところ、組合は翌八日右解雇処分は不当労働行為であり、協約違反であるから無効である旨の回答書を寄せたこと、そこで会社は同月九日組合に対し具体的な意見を述べるよう重ねて要請したのに対し、組合は右申し入れの撤回を要求して前同様の趣旨の回答書を寄せたことが認められる。
しかして協約第二十九条本文の趣旨は、その第二十八条に比照しても、会社が組合員たる従業員について賞罰ことに懲戒処分をするに当つては、組合にその意見等を十分会社に反映させて賞罰の公正を確保する機会を与え、会社は懲戒権の発動について独断専行に陥る弊を避けるため、事前に組合と協議すべき義務を負う趣旨を定めたものと解されるところ、右事実によれば組合は本件については与へられた機会を其の都度放棄したものと認められるので前記再度に亘る書面の往復によつて会社は同条に規定された解雇手続を一応履践したものと謂うべきである。
(本件解雇についての懲戒理由の有無)
そこで進んで申請人らに就業規則に違反し、懲戒理由に該当する行為があつたか否かについて考察する。
疎明によれば申請人らは昭和三十五年三月二十一日から三日間に亘り、会社の許可を受けず、その警告制止に反して勤務時間中車掌控室内で組合集会を開き、労働歌の合唱等の組合宣伝活動を指導実施し、更に会社所定の場所以外に組合文書、旗等を貼布掲示したことにより、同月二十五日それぞれ出勤停止処分を受けたこと、その出勤停止期間中は勿論、その後においても前示所為を反復実施し上司である弘前営業所長佐藤正美、守衛長原子正雄等から、しばしば退去警告、制止等を受けているのにかかわらずその際同人らに対し、「おらにも覚悟がある。お前達は何も知らないくせに、俺は死んでもよい。」などと喰つてかかり、更に説諭、制止等も肯かず勤務者の多数現在する車掌控室に於て組合員たる従業員多数を煽動動員して組合集会を強行し、もつて会社が組合に対し組合活動の場として提供した同営業所に隣接する弘南バス労働会館を使用することなく右控室を組合活動のため占拠して業務の遂行を阻害する行為をしたこと、同年三月三十一日から三日間会社が運行管理上の必要に基いて設けた車掌室の受付窓口三カ所のうち一カ所のみを残してその余を組合文書、赤旗等でふさぎ事務室から右控室に至る通路を赤旗等でおおつて見透しできないようにし、かつ、これを遮断する行為にでたこと(以上の所為中組合集会を開いたこと自体は当事者間に争いがない。)が認められる。
以上の所為が労働協約第十五条第十六条、就業規則第八条第十二、十三条第五十八、九条等に違反し同規則第二百八条第十三号第十九号及び第二十号第二百九条所定の懲戒事由に該当するものと認められる。然しながら争議中特に組合幹部の地位にある者がこの程度の違反行為を為したと雖も是を以つて直ちに懲戒処分中最も重い懲戒解雇に値するものとは輙く断じ難い、従つて是をしも敢えて懲戒処分をしようと欲するときは寧ろ就業規則第二百九条第二項但書の趣旨を活用し解雇以外の懲戒措置に出ずべきものである。
右の次第であるから会社の前示措置は結局懲戒権の濫用として本件解雇の意思表示は無効のものというべく、当事者間の冒頭説示の雇用関係はなお存続しているといわざるをえない。
(保全の必要性)
以上説示のとおりであつて、特に反対の事情の疎明のない本件において、申請人らが会社の被解雇者として取り扱われることにより回復し難い損害を蒙るべきことは明らかであるといわねばならない。
(結論)
よつて本案判決の確定に至るまで本件解雇の意思表示の効力を仮りに停止することとし、申請費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 飯島直一 村上守次 中橋正夫)